髪型記
男の一番のオシャレは筋肉である。これは周知の事実だ。
女の子が化粧によって全員美少女になるように、男は筋肉を増量することによって全員ハンサムになる。
よって筋肉を鍛えない男は常時すっぴんでいる女の子と変わらない。
常時すっぴんでいる女の子には2種類ある。
化粧をせずとも可愛い女の子か、女を捨てて性別不詳となったばばあである。
したがって、筋肉を鍛えない男は、もともとすらっとした美青年か、ばばあであると言って良い。
男の二番目のファッションは髪型である。
化粧を男がするときもいが、髪型は女性と同じように弄れる。
男が見た目を向上させようとしたら、筋肉をつけるか、髪型をかっこよくするしかない。
髪型をかっこよくすれば、ジャングルポケット太田のような顔でも、なかなかかっこよくなる。
つまり僕たちは髪型をジャングルポケット太田にするしかない。
あとは3着1000円のパックTシャツに任意のデニムを履けば全員イカしたジャングルポケット太田になる。
しかし、私はこの髪型というものに長年悩まされてきた。
幼少期より美意識がオネエのそれだった私は、自分の剛毛かつボリューミーな髪質にコンプレックスを感じていた。
つむじが2つあることもあり、短髪にすると髪の毛が全部逆立つのでださすぎるのだ。
もともと子役時代の神木隆之介もかくやと思われる美少年だった私はちょっと長めの可愛い髪型が似合っていた。
にもかかわらず床屋に連れて行かれると、お父さんはすぐスポーツ刈りにさせたがるし、お母さんは「全然変わってないじゃない、またすぐ行かなきゃならなくていやだワ」と言うので、結局毎回カリアゲされてイガグリのような髪型になり、小学生の表現しうる最高火力のブルーな表情で帰路についたものだ。
一度お父さんの指示でマジなスポーツ刈りになったことがあるが、その時は家に着いてからずっと鏡の前で溜息をついて「もう、ちくちくはいやだ...」と涙ぐんでいたそうである。
当時から小学生なりに自分の髪型をどうにかしようと思っていたので、毎回イガグリにしかできない床屋のにいちゃんへの失望のあまりセルフカットを試したこともあった。
その時は10円ハゲができまくり、ふつうにしばらく学校を休んだ。
ワックスという概念が存在しなかったので、チューインガムでスタイリングしようとしたこともあった。
スタイリングというか、思い通りにならない髪型にイライラしすぎて衝動的にやってしまったのだが、そのガムは洗ってもとれず、次に床屋に行く時に発見されイジメを疑われて変な空気になった。
逆に自らスポーツ刈りにしたこともある。
その時は変なテンションになって走って家まで帰った。
スポーツ少年に自己同一性を変換することで逆説的にスポーツ刈りが気に入るのではないかという仮説に基づいた奇行だったと今では考える。
もちろん次の日にはいつもの内向的なインドア矢吹少年に戻り、またふつうに学校を休んだ。
「ハウルの動く城」を観た時は、「美しくなければ意味がない」といって超絶病んでるハウルを見て禿げしく同意する気持ちでいっぱいだった。
中学生となり、同級生いち冴えない男、シミケンもワックスとかいうオシャレグッズを用いる歳になると、新しいソリューションの可能性が生まれた。
当時から我々の先導者だった桜餅くんは当然整髪について凝っていた。
桜餅くんは小学生の頃、おかあさんに頼んで闇遊戯の髪型にしてもらったことがあり、ワックスについても人一倍造詣が深かったし美意識も今と変わらずオネエのそれであった上に良いお母さんを持っていた。
中学2年生の修学旅行の時である。私の髪の毛を初めて整髪したのは彼だった。
当時の私からすれば革命が起きた思いだった。髪の毛の形を好きなように変えることができただなんて。
「トップを盛る」という言葉をその時に初めて聞いた。
これを「トップ盛り革命」と呼ぶ。
同級生のニイツくんは泡みたいなのを使って髪を整えていたが、あれはボリュームを抑えるのにも使えるのだ、と言って教えてくれた。
私はピンク色のギャッツビーを買って帰った。
整髪剤を使うことを覚えてからも苦労は続いた。
前髪につけすぎてベトベトになったし、それがなぜかわからなくて2ちゃんねるでアドバイスを乞い、制汗剤をつけると良い感じになるという明らかな釣りレスを真に受けてしばらく前髪に制汗剤をつけて登校した時期もあった。
ボリュームを抑えるためにヘアアイロンを購入した時は、一度は誰もがそうなるように前髪ピンピンにしすぎてスネ夫みたいになった。
ただし、おさだかんたくんは高校に入っても前髪ピンピンだった。
髪を切る床屋も、千円カット「プラージュ」から美容院「スマイルハッピー」に昇格した。
あまり髪を切らない(たまに耳は切る)美容師さんを気に入り、その人に切ってもらうためにわざわざ車で遠くまで連れて行ってもらったりした。
試行錯誤のすべてはださかったが、また愛おしい思い出である。
時は流れ、大学受験期になるともうずっとセルフカットだった。なので私の学生証は台風の後みたいな髪型をしている。
大学入学後、第二の革命が起こる。「ハヴ=シュウヘイ革命」である。
これをもたらしたのはまたしても桜餅くんだった。
彼は上京してすぐに持ち前のストイックさと情報処理能力で最善の美容院を算出し、我々に紹介してくれた。
それはLIPPSという美容院だった。
かっこいい髪型が並ぶカタログから「コレ」というのを選ぶと、あとはハブシュウヘイというカリスマ美容師がそれにしてくれるという魔法の館だった。
ハブシュウヘイは決して整った顔立ちをしていないが、その溢れ出るカリスマオーラにより目と眉の間が5センチ縮まりとてもかっこよく見えることで有名である。
これでついに髪型地獄を脱することができるのかと思ったら、そうではなかった。
映画「ファイト・クラブ」を観てグローバルでマッチョな飾らない魅力に気づいた私は手の甲に根性焼きをし、地元の床屋でスポーツ刈りにした後さらなるかっこいい髪型を目指して単身留学へと旅立った。
ファイトクラブを見た後は、大学生がネジネジして一生懸命こさえてつくる髪型がアボカドにしか見えなくなったのだ。
髪型だけいじっても仕方ないだろおまえ、ていうか頭でかくね?いや、足短!という気持ちでいっぱいになった。
男が一番大事なのは「スタイル」つまりプロポーションである。
冴羽?を見ればわかる。あの肩幅あってのハードボイルド、あの足の長さあってのゲットワイルドである。
そうして私は筋肉を鍛えることの重大さに気づいた。
筋肉を鍛えると上半身が巨大化し、首も太くなるので相対的に頭が小さく、足が長くなるのである。
髪型も、できるだけスタイルのよく見えるものを模索した。
そしてグローバルな世界で自分自身を見つめなおすことで編み出された最良のソリューションがサムライ・スタイルだった。
ついに辿り着いた思いだった。
これを「髪結い革命」と呼ぶ。
まず、私はアジア人である。
いくらブラッドピッドがかっこいいとはいえ、ブラッドピッドをそのまま真似をしてもだめである。
アジア人にはアジア人のかっこよさがある。
ハリウッドで活躍するアジア人には韓国系の俳優が多い。
切れ長の目と骨格のはっきりした引き締まった顔。そして日本人にない体格の良さ。
これらの要素が私の目指すべき格好良さであることを、留学を通して学ぶことができた。