尾ひれ100%ブログ

服に7つのシミを持つ男プレゼンツ

夢日記2026年1月

1月14日

小学校の頃の同級生の女子が、電車の来ない合間を見計らって、駅のホームから飛び降り、線路をいくつも横切っていく。危ないなぁと思いつつも、同じようにしている人たちを見て、私も後を追う。線路の向こうには、彼女の母親が待っていた。彼女は、私を身長170cmと紹介した。私は「175あります」と訂正した。彼女は小学生の頃、男子の誰よりも身長が高い子だった。

 

1月15日

近未来的な都市でバトロワサバゲーをしていた。

 

1月16日

夜、海運倉庫の敷地内。修学旅行で訪れた同級生たちとテントの下で寒さをしのいでいると、品のない粗暴な男がトラクターのようなものに乗って現れ、落し物の落し主を探しているようだった。落し物は、巨大化したアクリルキーホルダー付きの自転車の鍵であり、私はなぜかそれが自分の物だと思って申し出た。男は意地悪く笑って私を海に突き落とそうとしてきたが、私は体幹を鍛えていたので耐えた。

 

1月19日

大学の文化祭実行委員になる。9月10月は会議室がすぐ埋まるので早めに企画などは決めるようにと先輩から繰り返し指南を受ける。

図書館の窓から見える花壇に朝顔を植えたが、なくなっていた。

 

1月20日

両親の若い頃の写真がAI生成ように動き出し、写真の世界に引き込まれる。色調の褪せた世界。ディズニーランドのようだった。父方の祖父母が健在で、祖父は仕立ての良いスーツが決まっていた。すれ違う一般客には派手な橙色の着物をお揃いで着こなす大柄な夫妻がいた。

祖父は妹のうなじの剃り残しを指摘した。自分の綺麗なうなじを見ろ、と言ったので見ると、剃り残しが疎らに生え散らかっていた。それを指摘すると、祖父はお手洗いに行って自前の剃刀を使って剃り始めた。手元が滑って襟足の方まで刃を入れてしまっていた。

 

1月21日

ブラック・デビルと呼ばれる亜巨人の軍団が宮廷軍を圧倒的な力で粉砕していた。ブラック・デビルは元々宮廷に仕える護衛団だったが、王の暴政を見過ごせまいと、革命軍として狼煙を上げたのだった。かくしてその役割を全うしたブラック・デビルたちは、人間の世界から姿を消したのだった。

という映像作品を観た。

 

1月22日

自暴自棄になった怨霊が村人を皆殺しにしようとするが、同じ悲しみを背負った主人公が、自ら頭部を刃物で貫かせて、怨霊を無力化するシーンから始まるアマプラの良ドラマを観た。(その後の展開は思い出せない。)

 

1月24日

ハリー・ポッター的な血統贔屓を受けていた私は、壁と床天井が全面機械でできた秘密の隠し部屋に特別に通され、上級生でも困難な課題を1年生にしてクリアしていた。一方、ロナルド・ウィーズリー的な友人は、いつまで経っても簡単な課題をクリアできずに間抜けな間違いを繰り返しているようだった。

 

1月30日

友人のガンシゲルくんが社員インタビューみたいなのを受けて会社のサイトに掲載されているのを見た。

強靭に生きる

風邪、流行っている。確実に。

今年は特に風邪を引いた人の話をよく聞く。私たちの結婚式もインフルエンザで2人の欠席が出た。

深夜まで酒を飲み、予防接種を受けず、マスクもつけずに人混みでよく休日を過ごす私が風邪を引かなかったのはなぜか。

今日は私の健康法を諸君に伝授する。

 

私はもともと虚弱体質である。

妻と付き合って間もない頃、家の電球を替えるために、彼女を抱き上げたことがある。その時まだ筋トレをしていなかった私は、急激な血圧の上昇により文字通り卒倒した。つまり白目を剥いて倒れた。

通常の女子であれば、そのあまりの頼りなさに、倒れた男を捨て置いて去ってしまいかねない。呆れずに介抱してくれた妻の優しさに感謝である。

体力もなかった。小学生のころの長距離走では、ぶっちぎりの最下位で、一人孤独で走る悲壮感を払拭するために観客が「頑張れ」などと哀れみの声援を送る始末。

どこかに出かけてもすぐに疲れて音を上げ、荷物も持っていられないので、妻の方が重い物を持っていたりして大変情けない。

大事な旅行の日に風邪を引く。

丸茂くんと卒業旅行でパリに行く約束をしていたのに高熱を出して休んだ。高熱ぐらいだったら行けばいいのに、行かないところも根性がない。丸茂くんが可哀想である。

飯を必ず残す。走るとすぐ膝を壊す。すぐ痔になる。唇が腐った生肉の色をしている。おならがくさい。陰気くさい。

などなど、言い出したら切りがない。

 

この虚弱体質を克服したのは、言うまでもなく筋トレである。

だが、ただ筋トレをするだけでは、こうも強靭になることはない。ただ筋トレをするのは、猿人のすることである。私のような賢人のすることではない。

健康な身体と健全な精神を作るのは食事・運動・睡眠である。

猿人のように運動だけしていても、使わなくてもいい体力をいたずらに消耗するだけで、かえって体調を崩しやすくするだけである。適度な運動をしたら栄養のあるものを食って休むのが賢人だ。

 

①卵とキウイをできるだけ多く食え

卵はいくら食ってもいい。良質な脂質とたんぱく質、豊富なビタミンが手軽に摂取できる。私は1日最低3つ食べる。多い時は6つぐらい食べる。

風邪をひくということは、ビタミンか脂質が足りていない。風邪薬だって、結局はビタミン剤なのだ。卵はビタミンC以外の栄養素が全て詰まっている。食わない手はない。

キウイは卵に含まれないビタミンCと食物繊維、その他抗酸化物質とか何やら入っていてうまい。これを寝る前にできれば2個食う。

私はこれらに加えてヨーグルトとマルチビタミンを必ず摂って寝る。

卵が高い?お前の飲んでるカフェ・ラテの方が高い。

 

②睡眠の質を追求せよ

体力は降って湧いてこない。体力はいつどこで作られるか?必ず夜、寝床で作られる。例外はない。睡眠こそ体力の源泉である。身体と脳を十分に回復する手段、睡眠以外にない。睡眠を軽んじるな。元気になりたかったら、さっさと寝ろ。

質の良い睡眠をとるために、私は毎晩この状態で寝ている。

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極悪犯罪人じゃん。

目と口、耳にも耳栓をしている。寝ている間に少しの光も音も取り入れない。口は、口呼吸になって喉がカラカラになって明け方に目を覚ますのを避けるためである。

皆さんもここまでする必要はないが、少し意識してみてはいかがだろう。

 

③仕事を辞める

体調不良を引き起こすもう一つの大きな要因はストレスである。ストレスは良くない。そして、ストレスを引き起こすのは基本的には仕事である。

もともと私はストレス耐性も毛ほどもない。ちょっとでも人に怒られると、もういやになって帰ってしまう。いやになったせいで、高校も半分ぐらい行ってない。

そんな私がストレスレベルを低く保てているのは、ほとんど仕事をしていないからである。得意なことをあまり高くない水準で求められる環境に身を置くことが肝要である。鶏口となるも牛後となるなかれ、である。

今も、体力がそれほどあるわけではないが、元気でいられているのは、就業時間中もちょっとだるくなったらベッドに寝そべってYouTubeを見たりできる環境があるからである。

当然、収入は諦めるより他ない。周りの元気マンたちがお金をたくさん稼いでいるのは、私が卵を食って昼寝している間も汗水を垂らして働いているからである。その点においては足るを知る精神を忘れてはならない。

体力がないなら、なくても生きていける環境構築に全力を尽くすことが私の処世術である。

 

以上、参考になれば幸いである。

 

 



ほんとうのきもち

人を刺すのは、いつでもほんとうのきもちである。

人は、ほんとうのきもちと、うそのきもちを、子どものような嗅覚で、無意識のうちに見抜いている。

うそくせ〜広告は売れない。売りたい売りたいで作られた広告はゴミだ。商売といえど、いかにほんとうのきもちを織り込めるかがカギだ。ほんとうのきもちが宿らないものは、人を刺す力を持たない。

うそくせ〜優しさは嬉しくない。意図が透ける。時に、必要な嘘もあるが、決して心を打つことはない。

 

先日、妻の友人の御結婚式にご招待あずかり参列つかまつる機会ありけり。

間違いなく最強の結婚式に違いなかったが、特に胸を打ったのは新婦・父の両家代表挨拶であった。

小柄で、ひょうきんな親父さんであった。

人前に立って緊張した子供がするように、前後に揺れながら、たどたどしく言葉を紡いだ。

「本日はご多用中にもかかわらず、結婚披露宴にご臨席を賜り、誠にありがとうございました。」

「私も、結婚式 スピーチ、などで検索して、話す内容を考えました。言ってはいけないこと、例文など、載っていましたが」

軽いジョークで場を和ませたと思ったら、その瞬間、親父さんは突然涙崩して

「ふつつかな娘、などと、言うつもりは、ありません。私にとって、いつまでも自慢の娘であり」

と涙ながらに続けた。嗚咽を漏らしながら、その日新しい門出を迎えた自慢の娘への賛辞を述べたのだった。

会場の全員がもらい泣きをした。

涙で溢れた会場は、水圧でドアが開かなくなった。

 

「ふつつかな娘」というのは、常に嘘である。くだらない言葉だ。なくなってしまうのが良い。

自分を下げて、相手を良い気分にさせようという、日本の歪んだ醜い慣習のひとつだ。こうした類のものは、吐き気がする。もてなしをしたいのであれば、単に相手を上げるか施しを捧げるかすればよいのだ。なにを、嘘を言って、ましてや自分でもなく、自分の娘を、悪くするのだ。なにがふつつかだ。お前はなにもわかってない馬鹿だ。

親父にとって、ふつつかで至らない娘など存在しない。そんなことを、わざわざ言う必要はない。

親父さんは、スピーチの例文を調べて、その言葉のあるものを見つけたのかも知れない。そして、そこからあのスピーチを、自分の言葉で作り上げたのだ。ほんとうのきもちだけで練り上げられた、実に美しいスピーチだと思った。

新婦が、いかに愛され、大切に育てられてきたのか、彼女の心優しい人柄の、謎が解ける思いだった。

岸部露伴、安吾展に行く。

坂口安吾展に行く。

朝まで飲んだ次の日、その日というべきか、とにかく、粗悪なアルコールを大量に煽って満足に睡眠もとらぬまま、出かけることができるようになったのだから、私の体も強靭になったものだ。これも日々の肉体鍛錬の賜物である。

特に今日は行く先が片道2時間かかる横浜である上、伴って行く相棒が高井ときている。高井は男のくせに非常に姦しい(かしましい)ので、できるだけ疲れている時分には会合しないことを国から推奨されている存在である。体に悪い。

片道2時間の道程のうち、中目黒からの半分は高井と落ち合ってから向かうが、前半半分は孤独である。なので、こうしてどうでもいいくだらなごとを書き連ねることで時間をつぶすとともに、安吾展へのモチベーションを高めようと思う。

辺鄙なところでやっている小説家の展覧会なんて、十中八九面白くないのだから、こうして気持ちを高めて自ら楽しみに行かないと拝観料を損するだけである。読者諸君においては、どちらも大して興味はないにせよ、強いてどちらかといえば「観た後」の話の方が、まだ聞きたいと思える余地があるとも言われるやも知れんが、後のことは書かない。私は過去を振り返らない。ウジウジしない、サッパリした人間である。

 

Q. 坂口安吾のどこがいいの?

A. まず、顔が良い。

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見給え。この文豪らしからぬ弛んだ顔を。日本酒をたくさん飲んでご満悦である。文豪というと、どうにもしかめつらしい顔をしている方が偉いような感じがしていけない。こういう格好をつけないところが信用できる。

A. 文体が良い

安吾といえば、本質を常に見通しているようなキビシイ目線から生み出される闊達な文体が特徴だが、同時にユーモアに満ち溢れているところが良い。先輩文士たちの囲碁の打ち筋を「品格を欠いた喧嘩碁」などと一刀両断し、競輪の判定にケチをつけ、結果は覆らなかったがその後の競輪が少しは「マジメになった」などとご満悦である。税務署の差し押さえに対して断固抗議するために台本をこしらえたり、野球観戦の愚痴だけで書いた随筆もある。先輩文士の家に勝手にカレーライス100杯の出前を頼んだ逸話は有名であろう。

とにかく気取ってなくて、真剣に阿呆なことにのめり込む悪癖があって、それでいて確かな教養と誠実なモラルが土台にあるのが格好いい。

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中目黒に着いたので、一旦これにて。

 

 

追記:

安吾展、めちゃくちゃ良かった。気合い入ってた。

明日までしかやってないけど皆行ったほうがいい。

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坂口安吾アクリルスタンド(1000円)

誰が買うのか?

雑記

私は酒を飲んでも死ねない。

酒を飲んで死ねる人がいる。妻は、大学時代、海辺で泥酔した末、友人の止めるのを振り切って、海に還ろうとしたことがあるそうだ。山田は、川辺で泥酔した末、ゴミを拾い集め、そのゴミとともに自ら河に沈もうとしたと聞く。

人間は、本能的に死にたい動物なのだろうか。

我を忘れるほど酔ったこともない。

吐くほどに泥酔しようとも、もっとも最近はそういうこともなくなったが、私の自意識は常に目を覚ましていて、ただ単に思うように動かなくなった身体をうんざりしながら見下ろしている。

多少は理性が貧弱になりはすれど、いつも周りの人の方が上手に自我を解放していいて、私はそれを羨ましく見ている。

 

飲酒の如何にかかわらず、自我の解放が上手な人とそうでない人がいる。言うまでもなく私はそうでないタイプだが、その理由は、解放した先の自我が、とても人前に出していいシロモノではないことと、他人にほんの少しでも嫌な人間だと思われたくないという臆病な自尊心にある。

前者について正確には、どこまでの自我が社会的に許容されるか、という判断ができないという点に主な原因がありそうである。

それは、幼い頃から社会性を学ぶことを諦め、自分のことを褒めてくれる人間の中でしか生活してこなかった故のことである。

私に関するほとんどのネガティブな特徴は、これによって説明ができそうに思う。まったくどうでもいいことだが、言葉を話すのが得意ではないこと、自分の感情がよくわからないこと、他人の感情がよくわからないこと、それらが完全にわかった上でないと満足なコミュニケーションが取れないこと。

いよいよ私は酒の力も必要なしにして、虎になって森に還ってしまうのではないか。

最強の結婚式の作り方

結婚式は最強にしたいものだ。

なにせ、ウン百万の資金を投じてすることが、たった1日を装飾するというだけのクレイジーな買い物だからだ。

親族、友人ゲストなど、自分たちにとって「最も死んだら嫌な人間」を集めて、ご祝儀などと称して多額のお金を徴収するばかりか、あまつさえ祝福を強制するのだから、必ず元を取れるぐらい楽しんで帰ってもらわなければならない。(結婚式が終わった今でさえ、まだこんな事を言っている。)

そして、最強の自分たちを見せたい。それは見た目についてはもちろん、今までの人生の総決算が祝福されるべきものであることをきちんとわかるようにしなければならない。ゆえに失敗は許されない。鼻毛が1本でも飛び出ていたら、いくら感動的な式典を演出しようとお笑い草にしかならないだからだ。

 

今日は、最強の結婚式を作るために必要な五箇条を諸君に伝授する。

 

一、最強の友達を作るべし

 

結婚式が盛り上がるためには友人の協力が不可欠である。

芸能人でもないぼくらが、人前に立つだけで場が盛り上がることはあり得ないと心得よ。

ぎこちなく入場するぼくらに温かい声援を送り、トチったスピーチにも愛のある野次を飛ばし、余興を全力で楽しみ、友人ゲストのお子さんを変な動きで爆笑させ、友人代表スピーチの時間を使ったフレディ・マーキュリーのパフォーマンスで私を笑い泣きさせ、ぼくらの用意した感謝の手紙で女のように咽び泣く篤い友人が必要なのだ。

つまり、最強の結婚式とは1日にして成らない。

その日に至るまでの人生を通して、佳き友人を少なくてもいいからこしらえておく必要がある。

私はこの日のために最強の友人をなんとか9人揃えていた。うち1人の奥さんとお嬢さん2人を加えた11人の布陣で臨んだ。彼らは最強の友人としてその役割を全うし、うち2人は二次会で壮絶な戦死を遂げた。

どいつもこいつも大きな感謝を捧げざるを得ない。

また細君についても幸い最強の友人をたくさん持っていたので、披露宴では最強の友人が新郎側新婦側共々ずらりと並ぶこととなり、時空を歪めるほどの盛り上がりを見せた。

二次会にはお子さんがいる方以外、全員来た。

最初、チキって二次会には参加しないとしていた奴らも、披露宴の歪んだ時空にあてられて付いてきたのだった。

そうしてぼくたちは神話となった。

 

 

二、妥協なきこだわりを発揮するべし

 

いくら最強の友人を揃えようとも、彼らを活かせなくては意味がない。彼らの持ち味、そして自分たちの持ち味、会場の持ち味すべて総合的にイカせる企画と演出を準備し、それの実現のために妥協なき努力を積み重ねる必要がある。

最強の結婚式を作るのは、最後には自分なのだ。

結婚式を作る時、あなたはクリエイティブ・ディレクターにならなければならない。会場選び、会場の装花、テーブルクロスの色に至るまで、すべてのデザインの面倒を見て、余興の企画もするし、予算組み、値引き交渉、関係各所との連携など仕事みたいな業務も完璧にこなしながら、本番のシミュレーションを何度も脳内に描き、あらゆる可能性を想定し、すべてにおいて自分が責任を持ち、最終的な判断を下さなければならない。

こだわりは、自分本位になってはならない。全てのゲストが楽しめるように、ひとりひとりと向き合う。その時間を惜しんではならない。その期間、本業の仕事は当然、手を抜くより他ない。

 

 

三、最強の式場を引き当てるべし

 

最強の友人と最強のこだわりを発揮する準備ができても、それを叶える式場を引き当てられないと意味がない。

特に良いプランナーを引き当てられるかは最も重要な要素となる。プランナーは結婚式におけるすべてをサポートする、会場側の最高責任者といってよい。最初の式場見学から、本番までに繰り返される打ち合わせ、準備のためのメールのやりとり、そのすべてを担当するのがプランナーである。

どれだけ妥協なき式場選びに努めようとも、本当にその式場が最強であるかどうかは時間が経たないとわからない。

最初の営業がうまいだけで、人をナメたぼったくりのプランを買わされる可能性はあるし、すべての運命を委ねる相手であるプランナーに、少しでも嫌な人間性を見出したら終わりである。

その点においては運が大きく左右する。

プランナーさんをはじめとした式場のスタッフの方たち全員にもビッグな感謝を記しておきたい。

 

 

四、最強のパートナーと結婚するべし

 

当たり前だが、最強の結婚式を主催したければ、最強のパートナーと結婚するしかない。ちょっと強いぐらいでは、だめだ。結婚式をするまでに、その人のすべてを100%愛し、また相手にも100%愛されている状態に到達していなければならない。結婚式とはRPGでいう魔王城に挑むようなもの。ディズニーランドのアトラクションの待ち列でケンカしているようなステータスで挑もうものなら、即行ボコされてゲームオーバーである。

新郎新婦共々レベル100までしっかりと鍛え上げ、最強の友人を迎え入れた最強パーティーで臨む必要がある。それぐらいの覚悟をもって挑まなければ、何も成すことはできないだろう。

 

 

五、五はなかった。四カ条である。ともかく、本当に良い結婚式でした。みんなのおかげ。運も良かった。みんなありがとう。

 

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友人席の声援にサムズ・アップで応えていたら、一礼するタイミングだったらしくスタッフの方にたしなめられてるところ

 

最強の式場はこちら→トップページ|葛西臨海公園ウエディングDenim

 

健康信者過激派の弁説

鶏胸肉は良い。鶏胸肉は、筋肉の長い歴史の中でも、最もフィジカルで、最もプリミティブなタンパク源であり続けてきた。そして何より安い。筋肉愛好家たちは毎日同じ食事を摂る習性がある。そのため、継続的な費用対筋肉の高い食材が必要となるのだ。

かくいう私も、2kgの鶏胸肉を「肉のハナマサ」でまとめ買いして、冷凍保存のストックにすることを常としていた。

先日、痔を患ってしまった私は、買い出しに行くことができず、鶏胸肉のストックを切らしていた。ハナマサは、尻を庇いながら歩いて行くには、やや遠かったのである。ましてや、痔を患った状態での自転車走行はあまりにも危険だ。ハナマサまで辿り着く前にケツから鮮血を吹き出して死んでしまうこと請け合いである。

仕方なく、徒歩5分圏内にある「まいばすけっと」を訪れた。

腹を空かせた可愛い筋繊維たちに至急タンパク質を与える必要があった。彼らにはもう何日も良質なタンパク質を与えられてなかった。かつての瑞々しさは見る影もなく、しおしおとしなびかけていた。私は痛むケツ穴に鞭打ち、最も手軽なタンパク源、サラダチキンを探した。

店内には2種類のサラダチキンが売っていた。小ぶりな3つのチキンが芋蔓式に連なったタイプのものと、オーソドックスな通常版。内容量と値段を比較し、慣れない算数で数十円のおトクを吟味していると、目の前に大柄なオッサンが現れた。

そのオッサンは、いわゆる肥満体型で、腹は大きく膨れ、土色の顔をしており、健康診断のたび医者に生活習慣を口うるさくなじられているであろうことは想像に難くなかった。彼は私と同じように、2つのサラダチキンを吟味しているようだった。そろばん能力で私を圧倒したオッサンは、いち早く芋蔓式の方のサラダチキンを手に取り、レジに向かっていった。

一足遅れて同じ解に辿り着いた私は、同じように芋蔓式のサラダチキンを手に取った。そして原材料表示を確認した。私は外で食品を選ぶ時、原材料を見ずに買うことができない悲しい呪いにかかっている。買うかもわからないコンビニのおにぎりを片端から裏返しては、にぎにぎして棚に戻すので、妻からは白い目で見られている。それに加えて極度の吝嗇(“けち”の意。)を患っていることもあり、食品吟味に天文学的な時間を要する。これもまた妻から白い目で見られる所以である。10分間の逡巡の末、ついには何も買わずにコンビニを出ることもある。何をしているのかわからない。

鶏肉(タイ又は日本)、植物油、鶏皮、卵白液、大豆たん白、小麦たん白、食塩、白湯スープ、しょうが、酒、中華調味料、香辛料、ゼラチン、酵母エキス調味料、脱脂粉乳/調味料(有機酸等)、リン酸塩(Na)、増粘多糖類、(一部に卵・乳成分・小麦・大豆・鶏肉・豚肉・ゼラチンを含む)

あまりにも多い。鶏を低温調理して販売するのにはこれほどの材料が必要なのか。「植物油」が2番目に来ていることも気になった。栄養表示に目を移すと、脂質の項目がサラダチキンにしては高いことが目についた。

1パック(標準52g)あたり
熱量101kcal・たんぱく質8.1g・脂質7.6g・炭水化物0.0~0.2g・食塩相当量0.9g・ナトリウム341mg・糖質0g・食物繊維0.0~0.3g

正直、この栄養表示では、このサラダチキンは「ウンココス」と言わざるを得ない。無加工の鶏胸肉であれば脂質は50gあたり1gが妥当なところである。つまり、6g以上の余計な脂質が添加されている。これは由々しき事態である。脂質が8gもあれば、同じトップバリュのデミグラスハンバーグ50gが食えるのだ。同じカロリーで同じタンパク質量、満足感に関しては、どのわんぱく小僧に聞いてもハンバーグに軍配が上がるだろう。

健康に良いと思ってサラダチキンを選んだら、そのサラダチキンにも余計な油や添加物が含まれている!私は先ほどの土色のオッサンを偲んで涙を流した。たかが6gの脂質かもしれない。でもあのオッサンは、今日がダイエットを決意した初日だったかもしれないではないか。ようし、今日から、ダイエット、するぞう。昼飯は、毎日、サラダチキンだ。その先駆けが、あのサラダチキンでは、あんまりではないか。ダイエットしていなくたって、どちらかといえばハンバーグが食べたかったはずだ。(好んでサラダチキンを食べる人間は、この世に一人もいない。人がサラダチキンを食べる時、その人は必ず、ダイエットをしている。)おのれ、資本主義。「サラダチキン=ヘルシー」のイメージを逆手に取り、安価な原料で水増し、上っ面だけ健康を装った食品で利益を得ている奴がいる。下衆め!

こうした現状において、多くの人にとって自衛することは難しい。一つ一つの栄養表示を確認して食品を選んだり、生の食材から食事をこしらえ、あまつさえ適度な運動をこなしましょうなどという健康標語は、忙しく働く現代人にとって、あまりに馬鹿げている。そんなことができるのは、時間に余裕のある私のような「ニセ・社会人」か筋肉Youtuberだけである。世のオッサンが、加工食品を食うのをヤメロと言っても聞かないのも、生きるのに必死だからである。ウメーものが安く手に入るのなら、人はそっちを食うに決まっているのである。だからこそ国が規制しなくてはならない。

その点、日本は遅れている。特にトランス脂肪酸の規制はすぐにでも実施すべきだ。アメリカでは2020年に全面禁止、ヨーロッパ諸国も事実上の禁止措置を導入している国は多い。にもかかわらず、日本にはトランス脂肪酸の使用制限も、表示義務すら存在しない。これは明らかに後進的な状況であり、健康被害が明らかになっている成分については、個人ではなく国家が対応すべき問題である。

 

と、こいつが言っています。