武蔵野アブラ学会評
このあいだ、ついにブラックカードに昇格した。
ブラックカードとは、例の油そば屋「武蔵野アブラ学会」が提供している会員サービスの、ランクがブラックになった際に授けられる栄光の会員証である。
これを持っている早大生は、他の早大生から神、またはヤハウェ、新世紀オイルゲリオンなどと呼ばれて崇められる。
またその影響力は教授らにも及び、このカードさえ提示すれば大体の単位はくる。
会員ランクは、ノーマルから始まり、ものすごい数の油そばを食べるとゴールドになり、そしてまた尋常でない量の油そばを食べるとブラックになる。
それぞれのカードでは、何スタンプか毎にウレシイ特典がもらえる仕様になっている。
たとえば、ノーマルカードでも5スタンプで一食無料サービスが受けられる。
ゴールドの特典はわりと意味不明で、アブラ学会特製ステッカーや、特製ラー油という、かなりコアなファンを狙い撃ちした特典が並ぶ。
アブラ学会の狂信者であるおれとしても正直要らない。
写真を載せておく。
何気に凝った作りであることが店長の変態性を物語っている。また、さりげなく映り込んでいるレジュメが、撮影者の勤勉性を物語っている。
以前、アブラ学会の売り上げに一役買ってやろうと腕を振るって執筆した、「学会ガールに就て」は、早稲女に対する誹謗中傷が酷すぎたため、一部からは非難GO!GO!であった。
そこで、今日は、ブラックカード昇格を記念に、アブラ学会のステマを、露骨に、行おうと思う。
そもそも、油そばというものを、山梨からの上京組であったおれは、当初その存在すら知らなかった。
おれの油そば処女は、アブラ学会ではなかった。
麺珍か、麺爺か、どちらかだったと思う。実に大したことはない味だった。
ちなみに、同じ「爺グループ」として、店長が麺爺と同郷であると噂される、「かつ爺」というカツ丼屋がある。
かつ爺は、カツ専門店であるにも関わらず、頑なに煮カツ丼を作らないことで、隣の「ごんべえ」といううどん屋の体裁をしたただのカツ丼屋に、長年の間客を奪われ続けてきたが、近年やっと煮カツ丼をリリースしたことで、やっとごんべえと互角に戦えるようになった。
ごんべえのカツ丼か、かつ爺のカツ丼か、というのは早大生の間でも意見の分かれるところである。
おれとしては、ごんべえの雑な味付けのほうが好きであるが、かつ爺のほうが店員が日本人なので安心できることに加え、ごんべえのお冷やが絶望的に不味いということからかつ爺を利用しがちである。
ごんべえ・かつ爺談義は今日の本題ではない。
アブラ学会を初めて訪れたのは、あるドイツ語の授業の後であった。
ドイツ語のクラスには、ケツから気円斬が出せると豪語する、「ケーサツ」というあだ名の、その時から既に「学会に魅せられた男」がいた。
ケーサツは長髪で、夏にはその長髪を後頭部のあたりで束ねることから、夏限定で「サムライ」と呼ばれる。
彼に連れられ、おれは初めてアブラ学会の油そばを食べた。
瞬間、おれの脳裏にはおれ自身の青春が過った。
ところで(By the way)、そもそも好きな食べ物とは何だろうか。
好きな食べ物は?と聞かれた時、おれは哲学者なので、「好き」の定義を毎回必ず尋ね、その結果友達を失ってきた。
“美味い”食べ物はたくさんある。その中で、個人的な嗜好を特に主張したくなるような食べ物もいくつかある。これが一般的にいう「好物」である。
だが、「好きな食べ物」にはもう一段階上の階層が存在することをおれは知っている。
食事という概念を超越した、単純に舌と内臓を喜ばせるために摂取するドラッグ。享楽的食事。
その階層にアブラ学会の油そばは到達していた。
ちなみに学会以外でその階層に到達した食べ物は、すき家プレゼンツ「三種のチーズ牛丼」と、山梨のパスタ屋「楽」のタラコスパゲティがある。
すき家の名前を出すことで急にたいしたことない感が出てきたが、この三つは確実におれの舌と遺伝子レベルで結婚をしている。
学会の魅力は、その秘伝のタレのUMAMIもさることながら、600円にして普通に気持ち悪くなるほど量が多いことにも見られる。
一口一口をさながらガキデカのような酷い顔面になりながら頬張っていっても、足りないという事態には陥らない。
大盛りは無料で、ゴールド会員以降はW盛り変更も無料で可能だが、大盛りでちょうど胃袋のキャパシティ120%を満たすことのできる乙女なおれは頼んだことがない。
ちなみにサムライはW盛りをモリモリ食べる。
また、「学会に魅せられた男」の間では有名な話だが、秘伝のタレにはその日の「調子」というものが存在する。
アルバイトによってそのタレの出来は微妙に異なるのだ。
おれが信用していないのは大柄なアノ店員で、タレがイマイチな時はあいつが作ってるんじゃないかと思っている。
あいつは女の子のアルバイトが入った時に鼻の下伸ばしてやたらに話しかけていたいけすかん奴である。学会はそのような浮ついた空間ではない。
そんな浮ついた奴のつくったタレはどうせ初恋みたいな味がするに決まっている。
言うまでもなく、ご飯やビールとの相性も抜群である。
ビール飲んでる奴はあまり見ないが、バイト帰りに寄った時などは頼まずにはいられない。
たまにちゃんと冷えてない時があり、それもあの童貞スケベ店員の陰謀ではないかと睨んでいる。
ちなみに代々木店では油そばに瓶ビールとつまみやご飯のついた定食セットが千円程度でいただける。これが世界で一番最高すぎるので、おれはこの定食セットを「神々の宴セット」と呼んで、バイト終わりにはふかいしくんとよく食べに行ったものである。
おれがバイト先を代々木駅前に選んだのは学会があったからだという噂があるが、実はまったくの偶然である。
おれの「学会に魅せられた男」としての「魂」が学会を「呼んだ」という意味では、必然と言えるかも知れない。
店内は空調管理を徹底しているため、入り口の扉を開けたままにしておくと、筋肉の模様が描かれたわけわからんTシャツを着ている店長に、普通に怒られる。
学会において、扉開け放しは罪悪とされる。
店内は非常に狭いため、思いやりの精神が必要となる。
グループ客が利用するテーブル席はその精神が足りていないために不快な環境に陥ることもしばしば。
対して、「学会に魅せられた男」たちがズラリと並ぶカウンター席は、日本人の忘れた「和」の心に満ちている。
取りにくい調味料があるな、と思った時には、隣の人から無言でスッと差し出されている。
席を決める時も、左利き右利きは勿論、誰が一番早く食べ終わるかを瞬時に見極め、よりスペースを有効活用できるように座る。
淑女たる学会ガールは、食べる前に手を合わせ「いただきます」と小声で言うことも忘れない。(可愛い)(ドキドキして食が進まない)
食べ終わって食器をカウンターの上に戻さない客あれば、行って戻してやることすら厭わない。
みんな、学会を愛しているんである。
どんどんお腹が減ってきたので、これで失敬。学会で会おう。